

、また変わっていく自分がいたりします。



出産までのことは書いたのですが、出産後の数日のこともアップしておこうと思います。
これからアメリカで帝王切開する方もいらっしゃるかもしれないし、どなたかの参考になれば幸いです。
ハニーの周りで、2人、やはり帝王切開で出産した人達がいて、その人達は今はそれぞれ2児のママさん達ですが、口々に言うのは、初回はすっごく大変だったこと。
そして、2回目は、とってもラク?だったことです。
それぞれ違う状況で帝王切開に最終的になったパターンですが(頭まで見えてるのに最終的に産めず、帝王切開。ハニーと同じように誘発分娩に数日チャレンジ後の帝王切開) 初回は、とにかく気力&体力を使い切った後の切腹な為、とってもしんどく回復も遅かった。けど、2回目は、もう予約して、ちゃっちゃと物事が進むため、気持ちも楽だし、回復も早い、とのこと。
出産から退院までの流れですが・・・
土曜日。朝、帝王切開にて出産。
その時、血栓が出来ないように、足にマッサージの機械を手術と同時につけられます。
これ、空気圧でするタイプのマッサージで、装着した直後は 「あぁ、気持ちいい〜!」 なんて言ってましたが、24時間つけっぱなしにしなきゃいけないとかで。
さすがに数時間後には、うざい存在に。(^^;
ハニー、過去に手術の経験はないんですが、よく盲腸とかお腹切った人は、オナラが出るまでが勝負!
みたいなイメージがあって。
朝、切腹して午後の早い時間にオナラ出たんですょ。
「あ、オナラでた
」 と嬉しくてナースに報告したんですが、あ、そ、的な扱いでちょっと肩すかしでした。
さすがにバケツを抱えて突っ伏していたのでランチは食べられなかったけど、夕食は普通に食べた記憶があります。
ベッドに水平に寝ると気持ちが悪くなるので、45度〜50度の角度で起き上がった形で常にいました。
あと、2種類の鎮痛剤を各3〜4時間置き、6時間置きに飲みました。
これは、退院後約4週間、ずっとかかさずこの感覚&量で飲んでいました。このうちの一つの鎮痛剤は、”飲んだらハイになる” ”薬局に泥棒が入るなら、真っ先に盗まれるのがこの薬” らしく、どっちにしても相当強いらしいです。ちなみに、この薬を飲んでる間は、車の運転は禁止されていました。
日曜日。(術後、翌日)
朝、オシッコの管と点滴がはずされ、あのうざい足マッサージもはずされる。
そして、シャワー浴びていいわょ、と言われる。
さすがに立ってのシャワーは辛く、ナースが気を利かせてくれてシャワー用のイスを用意してくれたので、座りながらのシャワーはラクでした。
その後、もう身体のどこもかしこもむくみあがっていて、足も足の指直前までパンパンに腫れあがっていたんですが(産後、4週間近く靴ははけず、ビーサンしか入りませんでした) とにかく歩くように言われ、頑張って病室内を歩く。
月曜日。(術後、翌々日)
朝から退院準備。
子供の聴力を検査したり、他の任意でやってるという何とかの検査をしたり(汗)、あわただしく過ごす。
午後、子供の体重を量ったりした時、体重減少がちょっと大きかったようで、それから母乳を出す特訓が始まる。
(この時あたっていたナースの人達がすごく良い人達だったため、この特訓になったと思われる)
もう痛い、痛い。
乳なんだか、膿なんだか、わかんないものがオッパイから出てきましたょ。(汗)
必要書類にサインするのに時間がかかり、夕方まで待たされたけど、無事に退院。
本来なら、退院前に腹の傷をおさえているホチキスを抜き取る作業があるらしかったが、ナースの数が足りないということで翌日にまた病院に行って、この抜き取り作業。
このホチキスの抜き取り作業も痛いんじゃないか?
とびびりまくっていたけど、感覚的には毛抜きで毛を抜いている感じで、全く痛くなかった。
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おろ、ってやつは、生理3日目くらいなのが2週間くらい続き、その後一筆書き程度の量になり、産後4週間くらいでオリモノシートで間に合う程度になりました。
今回、切腹してますが、最初から最後まで痛みは皆無でした。
普段から薬を飲んでいないため、他の人より鎮痛剤の効き目が強いのか、アメリカの鎮痛剤が強いのか?(苦笑) とにかく痛くなる前に薬を飲んでいたのが良かったのか、ナースから 「0から10の間だったら、どれくらいの痛みがある?」 とよく聞かれましたが、答えは常に 「0です」 でした。
後からドクターに聞いたら、鎮痛剤飲んでも痛みを訴える人もいるとか。やっぱり人それぞれなんだなぁ、、って感じです。
ただ、退院してきてからくしゃみをする、とか、笑う、とか、鼻をかむ、とかすると、とにかく腹に響いて、その時は痛い、ってゆーか、とにかく響く。
でもこれも10日くらいで治まってきました。
あと、お腹周りは感覚が麻痺しているのか、より敏感になっているためか、今でも腹巻はしています。
子供に乳を飲ませるのも腹にさわるため、横脇に抱える、フットボールスタイルでの授乳になってます。
子供より重たいものを持たないように(傷口が開いちゃうから)、と、何度も言われて退院しました。
これが、だいたいの流れでした。ふぅ〜。
(笑)
オリンピックも佳境に入ってきた頃でしょうか?
子供を産んで直後の頃、もう本当に毎日が辛くて辛くて。
(子供以外でもちょっとあって・・)
先人達の 『初めの1ヶ月が一番大変。それを過ぎたらラクになる』 という言葉を呪文のように唱える日々でした。(苦笑)
そして、「オリンピックが始まる頃には、今より(精神的に)ラクになる!
」 という一念にすがるように生きていました。
がっ!
本当に1ヶ月というのは、正解でした。
それまでも何度も外出はしていたけど、自分の意思での外出ではなかったけど、生後4週間目のちょうどその日。10件隣の義理姉夫婦の家にディナーにお呼ばれして出かけ、それ以外にもジョーとスタバでお茶しに行ったりしました。 
退院後も、がんがん強い鎮痛剤を飲み、頭はへろへろな上、傷口はひっつれてる感じで歩き方も変だったのですが、生後4週間後、自分の意思で出かけたシャバの空気は、とっても新鮮でしたゎ。
子供もすくすくと大きくなって、今では見事に二十アゴで、相当な貫禄があります。(笑)
身体の変化についても書いておこうと思います。 
通常、帝王切開は回復に6週間を要す、と言われてるようで、ハニーもドクターからそう言われました。
出産後のこの世のものとは思われないむくみも、本当に1週間後から目に見えて腫れが引いてきました。むくみ取りにいいと聞いた、スイカを食べたのが良かったのかな?(笑)
あとは、ファイテンのハイソックスをはき始めた直後から、むくみが良くなってきました。
足湯もいい、と聞き、足湯も始めたのが、やはりその頃でした。
まあ、たまたま全てが重なった結果ですかね?(笑)
出産後2週間から4週間にかけて、ものすごい食欲が出て、しかも高カロリーなものばかりむさぼるように食べました。特に身体に悪そうなチョコチップクッキーとか、バターたっぷりのパンとか、馬並みに食べてたんですけど、体重はするする落ちて、1ヶ月で13キロくらい落ちました。
お腹もたるんでる感じは全くなくて、出産直後は妊娠8ヶ月くらいのお腹でしたが、その後だんだん小さくなり、今はちょっと食べ過ぎた後の生理前、みたいな大きさです。
まだ元の体重まで3キロくらいあるんですが、これはもう本当に腹の傷の痛みが取れて、運動でもしたらすぐに引っ込むんじゃないか?と甘い期待を抱いてるんですがっ。(^^;
あ、どなたか気付かれました?
そう・・・ ハニー、結局、合計で16キロくらい太ったんですね〜。(滝汗) 14キロ肥えたイトコを笑ってましたが、もう自分が笑われてます。(自爆)
現在も、チョコタルト(何故かチョコばかり欲しくなります)一日4切れ、とか平気で食べてるんですが、体重は減る傾向にあり笑いが止まりませんゎ。ぐふ♪
そして、「乳が出ん・・(−−;」 とハニーママに泣きついたところ、知り合いの産婦人科の看護婦さんに聞いてくれたのですが、
「日本人なら、米を食え!
」
との回答が来ました。
退院後から、1週間に数日、義理ママが泊り込みでお手伝いに来てくれていたのですが(そのヘルプがなかったら、今頃生きていたかわかりません・・) アメリカ〜ンなお料理ばかりですので、米からはほど遠い生活・・
1ヶ月の間に米を食べたのは1回でした。それが原因なのかなぁ??以前よりは乳は出てるんですが、水芸じゃないんですょね〜。
ハニーママからは、「無駄に大きいおっぱい」 と陰口たたかれてますょ。くっそ〜!
子供に関しては、ハニーは最初から愛情120%!ってタイプの母親ではありませんでした。
あぁん、子供がかわいいの〜♪ って感じでもなく、義理姉に教わった通り、目覚まし時計をセットして3時間置きの夜中の授乳とか、もう仕事、って感じでこなしてましたし、延々と続くこの作業に軽くうんざり感も感じてもいました。
訳あって退院後、生後2週間とかで赤子を外につれまわしてた時、これまた慣れない外出先での授乳で、頑張って頑張って出ないオッパイに吸いつく姿を見た時とか、その健気さがとっても愛しい!と感じました。涙が出るかと思いました。
1ヶ月が過ぎ、子供とのアイコンタクトが出来るようになってきて、まだ義務感は抜けきれてませんが、以前よりはかなり愛情とか感じるようになってます。
一気に母親になれる人もいれば、ハニーのようにじんわり、じんわり意識が育っていく人間もいるのだ、と思っています。(コメントの方とかの経験談を読ませていただいたりしていたので、これに関して焦りはありませんでした。ありがとうございます)
そんな毎日です。
今は、またあることが進行しており、日々めまぐるしくゆっくりパソコンを触れない状況です。
ブログお友達の生活とか、かなり気になってるんですけど!(笑)
PM8:00。
誘発分娩のためチェックイン。
おしるしを始め、全く出産への兆候がないまま、痛いを思いをしに病院へ向かうなんて、ちょっと複雑な心境。
ドクターから指示されているという内容を、ナースから聞く。とりあえず、誘発の前準備のような薬を投与するらしい。この薬は3回まで使えるそうで、1回の投与ごとに(4時間置き)子宮口の開きをチェック。
PM9:00。
点滴のための装置を手首につける。この時点で気絶しそうな感じになる。 NSTのための装置と子宮の張りを計る装置を腹に設置。これをつけたまま寝るのは、かなり難儀。
手首に刺さったままの針も気になる。
ジョーも簡易ベッドに横になり、何かホテルに泊まりに来たかのような感じ。
DAY2=7月2日(41週1日)
日付が変わり、DAY2に。
AM1:00.
3〜7分置きの陣痛はあるのもの痛みは感じず。2回目の薬の投与になる。この時点でも子宮口の開きは、指先程度。
眠れるように、と眠り薬をもらって眠ることに。夜中の病院は案外うるさく、この眠り薬が必要と実感。
AM5:00.
陣痛は2分感覚で来てる模様だけど、全く痛みを感じず。このまま薬の投与は子供に負担がかかるということで、ちょっと様子を見ることに。
この時点での子宮口の開き、2センチ。
この日は、そのままの様子見が続く。昼過ぎにおしるし?!と思う少しの出血があったけど、もしかしたら内診のための出血かもしれず。過去、内診で出血したことはなかったんだけど、薬投与してることで粘膜が柔らかくなっているのか?
午後になり、ナース達は他の救急患者で忙しくなる。そして、夕方、さらに急患が入ったとかで、ハニーはいったん、家に帰されることに。
この家に帰されることは、とっても苦痛だった。
産後扱いに来てくれている母親は、あと3日で日本に戻ってしまう。
産後扱いどころか、初孫の顔すら拝めずの帰国になってしまうんじゃないか?どんな思いで母親が仕事を2週間も休んでアメリカに来てくれているか、ということを考えると、なかなか開かない子宮口や、産気づかないことが申し訳なく(いゃ、誰のせいでもないんだけど) 出産からも病院からも拒否されてるような気分になり。帰りの車の中で大泣き。
帰りにマックのマックフラーリ、バターフィンガー味が飲みたかったのに、2件のマックに寄ったにも関わらず、そのバターフィンガーがなかったことすら悲しかった(笑)
DAY3=7月3日(41週2日)
日付が変わったあたりで、家でおしるしの出血あり。
PM3:00.
昼12時に入院するように指示されていたが、病院が忙しかったらしく、午後3時にチェックインするように再度指示される。
おとといと同じように、手首に点滴用の針を装置。その上、胎盤を寄付する関係で血液を5本抜かれる。(これまた気絶もの)
PM5:45.
点滴だけではなく、子宮口に直接働きかけるため、水の入った袋を子宮口に入れることに。30cc の水を投入。これで、上からと下からの働きかけに。
この袋設置は、痛くはなかったけど、チューブが常に膣から下がっていて、トイレに行くたびに、どうよ?と思う感じ。(^^;
PM8:45.
子宮口を開くための点滴開始。
この日も睡眠薬をもらっての就寝。
DAY4=7月4日(41週3日)
ついに日付が変わってしまった。今日は、アメリカの独立記念日。そこら中でピクニックやら家族&友達が集い、夜には花火が上がる日。
上からと下から子宮口を開くためのアプローチがなされているが、お腹の張りが強くなる以外は、痛み、その他、全く何も感じず。
絶対、今日中に子宮口をひろげないとっ!!今日中に産んでしまわないと、ハニーママが初孫の顔を見ずに帰国するようになってしまうっ。
どんな痛みが襲ってくるのか、その不安もすごくあったけど、もうそんなこと言ってられない、といった状況。
AM6:45.
再び出血。
PM1:30.
子宮口に入れている袋の水を、最大の50cc(だったかな?)に増量。
PM4:30.
子宮口5cm開いてる人がジャグジーに入ったことで、一気に10cmまで開いた、という経験談から、ジャグジーに入ることに。
PM5:45.
子宮口に入れてる袋は、24時間が限度ということで、袋を取ることに。この時点で、子宮口の開き、3〜4cm。
そのまま子宮口が開いてくれることを祈るような感じで、点滴は続行。もう点滴は24時間以上ずっと続いている。
お腹につけられたままのNST(子供の心拍を計る機械)と子宮の張りを計る機械も24時間以上ついたまま。さすがにものすごい張りを感じ始めるが、痛みにはつながらず。
ドクターが、この日の夜、診察に来れたら来る、ということで、つれない恋人を待つような気持ちでドクターが来るのを待つ。
DAY5=7月5日(41週4日)
さすがに睡眠薬は効いて、朝6時半頃目覚める。
子宮の張りがそれほどでもないことに気付く。ナースが部屋に入ってきて、点滴の量を少なくしたことを聞く。(張りが強くなりすぎ、それが陣痛へつながらないため、子供が苦しがるだけとのこと)
AM7:30.
いきなりドクター登場。
8時から、ってドクター、あと30分ですよっ!!と慌てつつも、トイレに行き、顔を洗って歯を磨いて、家で待機しているハニーママに帝王切開の旨を電話して伝え、ジョーを起こし、心の準備をする。
バタバタとナースが威勢よく働いている。そして、手術に関することを手短に聞く。
何のためか聞いたけど忘れてしまった、とってもすっぱいものを手術のために飲む。そして、ベッドに横になったまま、ベッドごと3階の手術室へ移動。
朝っぱらの8時だっていうのに、手術室は活気にあふれていた。
ハニーは、腰から打つ麻酔がどんだけ痛いんだろう?と、これまた恐怖におののいていた。ジョーは別室で手術着に着替え、麻酔その他の準備が済んだら、ハニーと合流するとのこと。
ベッドから、手術台へ転がるように移動する。そして、いよいよ恐ろしい麻酔の瞬間に。
というか、痛くなかった。
小さい頃、お尻に注射したのが腰に移動した、って感じの、ホント、チク、って一瞬したくらいで。え?こんだけ?もっとこれから痛くなる?!という恐怖の方が実際の痛みより大きかった。
それより、さっき飲んだすっぱい飲み物が喉にからまってセキがとまらない。麻酔する時も動かないでね、って言われたって、セキを止めるのは難しい。そっちの方が麻酔なんかより全然大変だった。
その上、手術台にまっすぐに寝る、というのがどんだけ辛いことか。
そしてジョーが登場し、ハニーの横に座った。
これまた、どんだけ痛いのよ?との想像との戦い。いつから痛くなるのか?麻酔してても痛みは感じるものなのか?
さくらももこさんは、この時、宇宙を感じたらしいけど、ハニーは宇宙なんて感じる余裕もないなぁ。。 やっぱり自分は凡人なんだゎ、などと思いながら、腹を割かれていた。
と、違うことで気を紛らわそうとしている中、だんだん腹で感じる圧迫感が強くなってきた。もぞもぞ確かに何かが動いていて、腹をがんがん圧迫する。つないでいるジョーの手を、ギューッとさらに強く握る。
何か、確か10分くらいで赤子が出る、って聞いてたけど、この10分恐ろしく長いんですけど・・・(><)
この腹の圧迫感、どこまで強くなる???と、軽く気絶しかけた時(実際の気絶じゃなくて、気絶しちゃいそう、という感じで) おぎゃ〜っ!という声が聞こえた。
生まれたんだ!?
「
She is beautiful, Honey!
」 ジョーの言葉に後光を感じた。愛と喜びと感動に満ちた声で、あんなに素晴らしい声を聞いたのは生まれて初めてだった。
同時に涙があふれてきた。
あぁ、生まれたんだ?本当に生まれたんだ?
ハニーにも子供を見せてくれ。
ちゃんと手は足は?指は5本ある?!?
知らないうちにナースが写真を撮っていてくれた。
生まれたばかりの子供とジョーと3人で記念撮影。
その後、腹を縫う作業が始まっていたらしい。
そして、どうやって部屋まで戻ったのか記憶が曖昧。意識が多分、ちょっとはモウロウとしていた感じで。
気付くと、病室に戻っており、オシッコの管をつけられ、点滴もつけられていた。そして、子供が入ってきた。すぐにお乳を上げるらしいけど、そんなにすぐに乳なんて出るんかい?
そして、ナースがハニーの乳をしぼると、にゅ〜っと何かが乳首から出てきて感動した。いやー、体が乳出す体にすでに変化している?!
麻酔がまだ効いているせいで、自分で足を動かすことが出来ず、横寝する感じでの初授乳。
その後、すぐに気持ちが悪くなり、吐き気をもよおしたため授乳中止。その後、半日以上、洗面器を抱えたまま吐き気との戦い。
その間に、ハニーママを始め、ジョーのお兄ちゃん夫婦が来てくれたのに、耳は聞こえても目が開かず、気持ちが悪いまま洗面器を抱えて突っ伏した感じのまま過ごす。
ようやく洗面器を手放し、目も開けられるようになったのは、その日の夕方過ぎだった。
改めて見る我が子は、どこか親父顔で、ガッツ石松に似てるな、と思った。
100%ジョーに似て欲しかったのに、何故か、「版で押したようにハニーにそっくりね!」 と言われるほど、ハニーにそっくりな我が子。
帝王切開だったためか、子供を産んだ、という実感が薄い。













シアトルもここ最近はピーカンな天気が続き、暑かったですが、今日は一転、寒いくらいな陽気ですょ。
まあ、レポって言ったって、誘発丸4日、帝王切開10分出産、って感じなんですけど。

” と懸念がよぎる入院騒動5日目になる7月5日(土)の朝、結局、帝王切開にての出産に至りました。












